1)日々のできごと

4月になると思い出すこと

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4月は私の誕生月です。
そこで、思い出ばなしを少々。

もう○十年も前のお話になってしまいますが、
私の通っていた幼稚園では、その月に生まれた子は
お誕生会で造花のバラをもらえることになっていました。

色はピンクや赤やクリームなどいろいろあって、
一輪だけでも結構すてき。ちなみにその年私がもらったのは濃いピンクのバラでした。

ところが、自宅に戻ってみると「ピンクのバラ」が
なぜか「赤いバラ」に変わっているではありませんか!
もちろん、これはバラの色が変わったのではなく、
「バラの花取り違え事件」があったのです。

母は「いいじゃない、ピンクだろうと赤だろうと」と
あまり気にする風ではありませんでしたが、私としては
(私のピンクのバラを取り戻したい)というだけでなく、
(誰かに赤いバラを返さなくちゃ)と思う気持ちもあり、
私の両隣に座っていた子に電話をかけて確かめました。

すると、てつや君という子が私のバラ(らしきもの)を
持っていることが判明!「じゃ、すぐいくから!」と
さっそくお家を訪ねていくことになったのです。

私の自宅からてつや君の家までは徒歩約15分。
私が到着すると生け垣に囲まれた赤い瓦の平屋建ての家の
芝生の庭に、てつや君がバラの花を持って立っていました。
そしてそのバラは確かに私がもらった「濃いピンク」でした。

私が赤いバラを差し出して「ごめんね、わたしが先にまちがえて
持って帰ったのかもしれない」と言ったら、
てつや君は「ううん、ぼくがまちがえたのかもしれない」
と言って、ピンクのバラを返してくれました。

そして、「でも、まちがえたから、こうやって家まで来てくれたんだよね」
とニッコリ。その笑顔は何だかお地蔵さんに似ていました。

と、まあ、そういうたわいもないお話なのですが、
ここで私はいくつかのことが導き出せると思ったのでした。

1)てつや君には驚くべきホスピタリティがある。
(来訪者を庭に出て出迎える、という点など)

2)てつや君の言語運用能力は5歳男児という属性を考えると、
非常に優れている。

3)特に「まちがえたから、こうやって家まで来てくれたんだ
よね」という言い回しが泣かせる。(もしかして、生来の女たらし?)

それにしても、てつや君、今頃どこで、どうしているのかなあ?。
どんな大人になっているのか、ちょっと会ってみたいような
気がします。

薩摩きんつば

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念願の「薩摩きんつば」をついに入手しました。このお菓子は屋久島、種子島産の「一吉紫いも」を使用したもので、鹿児島県内以外では京都伊勢丹でしか購入できないという「幻の逸品」です。

空港でお目当ての品を見かけたときは胸が高鳴りました。が、ここはあわてずまずはしっかり試食。期待通りの素朴にして滋味あふれる味わいでした。「一吉紫いも」以外に「紅隼人いも」「高貴いも」を使用したきんつばも試してみましたが、いずれもさつまいも本来の味を活かした適切な甘さと適度なねっとり感。久しぶりに「はまりそうな味」に出会いました。

帰宅してから冷蔵庫で冷やして翌日食べてみたらこれもいける。あまり美味だったので、あっという間に食べてしまい、写真に撮るのを忘れてしまったほどです。いやはや私としたことが。

ネットで検索してみたら、通販も可能であることが判明。実物の写真はこちらで見ることができます。さつまいもの色がとてもきれいです。

●薩摩きんつば
馬場製菓:http://store.shopping.yahoo.co.jp/baba/index.html

水餃子でミニ同窓会

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大学時代の友人と総勢5人で参宮橋にある中華料理店でミニ同窓会。「ここの水餃子は絶品なのよ?!」とセッティングしてくれたのは、外資系メーカーの事業部長。

彼女の担当分野は美容関連なので、さすがに本人も身ぎれいにしている。この日もペールグリーンのネイルにプラダの緑色のシルクのコート(ハーゲンダッツの抹茶アイスに酷似)でおしゃれに決めていた。

他に参加したのは、地方公務員、テレビ局、外資系金融機関勤務の3人と私。就職して四半世紀も経つと、何となく「業界の雰囲気」が顔つきや醸し出す雰囲気にもあらわれるような・・・。

盛り上がったのは甥や姪の教育問題。もうみんなそんな歳なのね?と実感。ちなみにこの日集まった5人(全員女)のうち「自前の子ども」がいるのは1人だけ。どうりで少子化が進むわけだ。

話の流れとしては「親以外の大人に何ができるか」という視点での話が中心だったのだけど、結論としては「当事者ではないがゆえの客観的な視点や、自分の持つ情報を適切に提供するスタンスが望ましいのではないか」というようなところに落ち着いた(ような)。

「ような」と曖昧なのは、私は身の程知らずに飲み過ぎた紹興酒で、だいぶ酔っぱらってしまったから。でも、この日の水餃子は確かに美味でした。ご興味のある方はぜひ一度お立ち寄りください。期待は絶対裏切られません!

●中華台湾料理・品華亭
TEL:03-3465-5684
(小田急線・参宮橋下車徒歩5分)

「不惑」実感

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 20代の頃、40代に対するイメージは「くたびれた土気色」や「諦念」だった。今にして思えば、何という若さの驕りと無知。しかし、その当時は「中年期」に対してその程度の意識しか持てなかったのだから仕方がない。そして、いざ自分がその年代になってみたら、40代は「くたびれた土気色」ではなく、むしろ「壮年期」と呼ぶべきなのだと思った。とはいっても、私自身は決して元気はつらつなわけではなく、以前と同じようによろよろと生きているのだけれど。

 40代になって見ると、20代や30代はまだまだ「青い」と感じる。30代も後半になった頃からようやく経験の蓄積や価値観といったものが何とか体をなしてきて、同時にまだ体力的にもがんばりが効きそうな時期が40代なのではないかと思ったりもする。そんなことを感じるようになったのは、おそらくは自分がもう若くないという証拠なのだろう。近頃、今までは全く気にも留めなかった20代や30代前半とおぼしき人たちの肌の輝きやハリのようなものが妙に目につくようになった。そして、以前は十把ひとからげに「老人」と見なしていた世代の人たちにも、実はそれぞれ個体差があるのだということも気づくようになった。こうして、以前は目にも止めなかったことに新しく気づくことも「加齢の愉しみ」と考えるべきなのかもしれない。ただ、自分の年代が「不惑」と呼ばれることについては、(う?ん、どうなんだろう。実態を反映していない呼び名だなあ)と思う。少なくとも私は、まだ当分惑い続けそうな気がしてならないのだ。

格言・金言

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 ちょっと前のことだが、「チャンスは準備をしている人にやってくる」という「格言」(?)を作ったことがある。これは、主婦の再就職講座の講師をした際に、実際に再就職を実現させた人の共通点を挙げるしたらどんなことか考えたところ、こんな言葉にたどり着いたのだ。たとえすぐに結果が出ないことであっても、目の前のことに真面目に取り組み、経験から得られることを確実に身に付けていく人は、いずれ大きなチャンスに出会ったときにもそれを十分に活かすことができる。だから、普段から地道に準備することが結果的にチャンスを呼び寄せることになるのだ、という意味である。

 この言葉は講座の企画担当者にもかなり好評でしばしば引用された。そこで私もついに「格言・金言」を生み出すことが出来るようになったかとちょっと悦に入っていたら、ある日何気なくめくっていた「世界の名言集」の中にまったく同じ言葉を見つけてびっくり! ちなみに、この言葉を述べていたのはパスツール(狂犬病のワクチン開発で知られる、あのパスツールである)。先方は19世紀の人だからオリジナリティの点で私に勝ち目がないのは明らかだ。ただ、考えてみたら格言・金言のたぐいはある意味普遍的なことを述べているのだから、時代を超えて似たような言葉が生まれてもまったく不思議ではない。とはいえ、相手があまりにも「大物」だとやっぱり、ねえ。そんな訳で、私の「格言」は今ではすっかりお蔵入り状態になってしまっている。

学生による授業評価

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 この夏ある大学で集中講座を担当した。私は通常、授業の最後に無記名の授業評価アンケートを提出してもらっているのだが、それを見ると同じ授業を受けていても100人受講者がいれば随分反応や理解度が異なるものだということが分かる。

 例えばある人にとっては私の授業は「まさに望んでいたもの」で「毎回楽しみ」だったが、また別の人に取ってみたら「期待はずれ」で「最後まで何を言っているのか分からなかった」ということになる。こういう反応に一喜一憂していたら教員などとても務まらないが、だからといって、「学生の評価なんて最初から信用できない」と決めてつけて、授業評価のアンケートそのものを否定してかかる考え方には共感できない。

 不当だと思われる評価があったとしても、それを見たくないからという理由だけで「顧客満足度」を知ろうとしないのは教員の怠慢だと思う。もちろん、学生の評価をダイレクトに教員の評価に結びつけるのはあまりに乱暴だと思うが、教員も「採点される」という立場を引き受けることは大事だと思っている。

復刊ドットコム

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魅力的な内容なのに、なぜか絶版になってしまったり、版元の倒産などの理由で入手困難になった本の復刊リクエストができるサイトがあります。

その名も「復刊ドットコム」。復刊希望者の数が100票に達するとめでたく復刊!もしくは電子化される可能性もあるというものです。

私が今、復刊を切望している本は「おめでたを知ったあなたへの手紙」。著者の細谷亮太さんは聖路加国際病院の副院長で、小児総合医療センター長をなさっている方です。新聞や雑誌にもよく寄稿されていますから、ご存じの方も多いかもしれませんね。

私自身は子どもがいないので、小児科医である細谷先生との接点は限りなくゼロに近いはずなのですが、今から10年ほど前のある日、書店で偶然この本に出会ってすっかり魅了されてしまいました。以後、出産を控えた友人達に「前祝い」としてこの本をずいぶん贈ってきたのですが、版元である婦人生活社が2003年1月15日に自己破産して、そのまま絶版になってしまったのです。

この本の素晴らしさは、とてもひと言では言い尽くせないのですが、敢えていえば「目配りの良さ」ではないかと思います。私は、個人的な趣味(?!)で子ども時代から育児書のたぐいはかなり読んできたのですが、その中には実用性を重視するあまり「手順の羅列」にすぎないようなものや、またある時は「脅し」や実態からかけ離れた「精神論」もあったりしました。

しかし、この本は配慮に満ちた温かい筆致で読者であるプレママ・パパたちを励まし支えてくれます。それでいて取り上げる内容は「非嫡出子」や「障害を持つ子」や「血液型占いの非科学性」など硬派なテーマもいろいろ。その絶妙なバランス感覚と確かな見識に私は深い感銘を受けたのでした。

こんな素敵な本が必要としている人の手に渡らないことはとても残念なことです。ちょっと大げさな表現をすれば「社会的損失」だと思うのです。

と言うわけで「もっと詳しい内容を知りたい」「この本を読んでみたい」と思ったあなた!以下にリンクを張っておきますので、ぜひぜひ清き一票をお願いします。

復刊ドットコム:http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=4268